「liberdade」(リベルダージ)とはポルトガル語で自由、独立を意味します。インターネットの中での自由、独立、自治。 また、リベルダージにはもう一つの意味が付加されています。 ブラジルはサンパウロのリベルダージ地区。ここには日系移民の人がたくさん住んでおり、リベルダージは日本人街を意味します。 リベルダージは日本人街から、韓国人、中国人を含んで東洋人街へ変貌し、様々な人種が溶けあうサンパウロの一構成色となりつつあります。 日本という核が解けて世界に融和する。しかし、日本という要素がなくなるとは思いません。世界を構成するのに不可欠な一つの色として存在するでしょう。 融和と差異。世界を彷徨っていると、この相反する二つの言葉が頭に浮かびました。インターネットという国境なき空間で、僕が見た世界を伝えて行ければと思っています。
田崎健太
2010.7.19 up
●『週刊田崎』 更新 ●『仕事近況』 ●『フォトギャラリー』
・キューバ 2006 ・トカンチンス 2002 ・レシフェ 2002 ・カーニバル 2002 ・キューバ 2001
田崎健太 / 新潮文庫 500円
この本は2006年に出した『W杯ビジネス30年戦争』を文庫化したものである。 通常、文庫とはハードカバーの単行本を、同じ内容で、安価で小型にしたもの、と考えていい。 ただ、この本は違う。 『W杯ビジネス30年戦争』の取材は、1995年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロでFIFA(国際サッカー連盟)会長だったジョアン・アベランジェへインタビューしたことから始まった。 世界のサッカーを仕切る怪物を目の前にして、ぼくは圧倒された。 結局、彼の言いたいことを記事 にまとめただけになった。 そして、一筋縄ではいかない世界に対して興味を持った。 ところが、当時は国際スポーツ政治に関する記事を日本で集めることは難しかった。国外の文献に あたり、自分なりに分析するしかなかった。 このときは、W杯に関するビジネスが加速している時期だった。 週刊誌の編集部に籍を置いていたぼくは、2002年W杯開催招致合戦を取材するため、スイス、イタ リア、ドイツへ出かけた。ちなみにこの時、FIFAを案内してくれた、腰が軽くて、愛想のいい男が、ゼップ・ブラッター 現在のFIFA会長である。 取材するうちに、電通のタカハシという名前をしばしば耳にするようになった。 世界のスポーツ界では高橋氏は著名だったが、日本ではほとんど知られていなかった。 日本のメディアはしばしば些末なことに大きな労力を割き、事の本質を見失うという特性がある (少し前になるが、酒井法子や押尾学の事件に報道陣が大挙する意味がわからない。今だって、ハイチの地震はどうなっているのか。もっと大切なことがあるはずだ)。 また、電通という企業が、日本で特別な力を持っていたことで、メディア側が報道を自己規制した 面もあったろう。 ぼくは、出版社を退社したあと、電通に取材して、W杯のビジネスについて書くことを決めた。 数度にわたり高橋氏に話を聞き、欧州サッカー連盟会長だったレナート・ヨハンセンに会うために 、スウェーデンへも飛んだ。 スイスでは、ヨハンセンの参謀を務めたクラウス・ヘンペルとユルゲン・レンツに話を聞いた。 東京では電通の高橋氏の部下たちに会った。 そして、ブラジルで再びアベランジェに話を聞いた。今度は、ぼくは聞くべきことを慎重に準備した。アベランジェは巧みに話をはぐらかしたが、ぼくは何度も質問を続け、最後には彼を怒らせたほどだった。 十年間のあいだに、ぼくも成長していた。 2006年W杯開幕の近づく足音を聞きながら、新潮社の隣にある旅館に缶詰になって『W杯ビジネス 30年戦争』という本にまとめたのだ。 いつも単行本の原稿を編集者に渡すときは、後ろ髪を引かれるような気分になる。 もっと手を入れれば、良くなるのではないか、あそこはあれで良かったのか、もっと時間が欲しい この本は特にその思いが強かった。 単行本が出たあとも、ぼくはブラジル出張の暇を見つけて、過去の新聞を漁り、資料を集めた。 ひょんなことから、ずっと取材をしたいと思っていたエリアス・ザクーに会うことができた。レバ ノン人のザクーは、ブラジルのジャーナリストでも今となっては知る人は少ないが、アベランジェの懐刀であり、サッカー界の黒幕である。スポーツ界を闊歩する最初の「代理人」と言ってもいいだろう。 こうした取材を加えて、文庫はできあがった。 見た目は小振りになったが、ぼくの中ではこの本の重みが増している。 是非、読んで欲しいと思う。