liberdade.com

「liberdade」(リベルダージ)とはポルトガル語で自由、独立を意味します。インターネットの中での自由、独立、自治。
また、リベルダージにはもう一つの意味が付加されています。
ブラジルはサンパウロのリベルダージ地区。ここには日系移民の人がたくさん住んでおり、リベルダージは日本人街を意味します。
リベルダージは日本人街から、韓国人、中国人を含んで東洋人街へ変貌し、様々な人種が溶けあうサンパウロの一構成色となりつつあります。
日本という核が解けて世界に融和する。しかし、日本という要素がなくなるとは思いません。世界を構成するのに不可欠な一つの色として存在するでしょう。
融和と差異。世界を彷徨っていると、この相反する二つの言葉が頭に浮かびました。インターネットという国境なき空間で、僕が見た世界を伝えて行ければと思っています。

田崎健太

2008.11.14 up

『週刊田崎』 更新
『仕事近況』
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『楽天が巨人に勝つ日』表紙 楽天が巨人に勝つ日 ─スポーツビジネス下克上─

田崎健太 / 学研新書 740円 (税別)

本書の後書きにも書いたが、この本を書くきっかけとなったのは、早稲田大学での講義を終えた後 の雑談の中からだった。
07年の前期、僕は早稲田大学でスポーツジャーナリズムについて話すことになった。僕を誘ってく れたのは、10年以上の付き合いになる、早稲田大学の平田竹男教授だった。僕は上段から学生を教えることはできないが、スポーツの現場に関わる自分の経験を話すことはできると引き受けることに した。
この年から始まったスポーツジャーナリズムの講座は、一般教養の授業の中でも人気が高かった。 参加する学生は熱心で、最後まで受講人数は減らなかったという。そんな彼らの前で少々緊張しながら話をした後、平田さんとお茶を飲んだ。
その時、何かのきっかけで、楽天ゴールデンイーグルスの話となった。
平田さんは楽天イーグルスが、プロ野球界の一つの成功モデルになるかもしれないと言った。
僕は、楽天イーグルスが初年度から黒字を出したことは朧気に知っていたが、それは選手の年俸を 削っただけだろうと思っていた。成績を見れば、二年続けて最下位。いくら短期的に球団が黒字を出 しても、それを成功とはいえない。
これまで、野球を取材をすることはあったが、プロ野球の球団とは少し距離があった。ただ、平田 さんの言葉にひっかかりを感じ、自分で調べてみることにした。

僕が子供の頃、夢中になったのはサッカーだった。当時日本にはプロリーグはなく、少年団に入っ てボールを蹴り、専門誌を回し読みして欧州のトップリーグを夢想した。もちろん、真剣にやってい たのはサッカーだったが、近所の年上の友人たちとはしばしば野球に興じていた。テレビ放映のないサッカーよりも、見る方に関しては野球が好きだった。その後、僕は音楽に熱中し、スポーツの世界とは一度縁遠くなった。
スポーツの世界に引き戻されたのが、出版社に入社し、男性総合週刊誌で働き始めた時のことだ。
Jリーグが開始するということで、担当が必要になった。「ルールを知っている」という理由で、 僕はサッカー担当を任されることになった。もちろんサッカー専属という訳ではなく、事件や芸能などを追いながら、サッカーの取材をするようになった。
当時のサッカー(及びスポーツジャーナリズム)の世界は、みなが手探りだった。週刊誌の世界では先達がいなかったこともあり、好きな企画が立てられた。地域密着のクラブチームという発想は日本社会にとって新鮮で、スポーツ界全体が変わっていくのを目の当たりにした。
しばしばサッカーの他に、野球の記事を担当することもあった。根本陸夫さんや仰木彬さんなど素 敵な人間に取材できたのはいい思い出だが、人気球団についてはあまりいい思い出がない。僕たちの 週刊誌は、取材をして喜ばれる類のメディアではなかった(卑下するつもりはなく、むしろ相手の喜ぶ記事ばかり作っているわけではないという誇りであった)。サッカー界と比べると、野球界は閉鎖的で“内向き”だった(もちろんJリーグにも広報体制に問題のあるクラブもあったが)。かつてあれほど野球を見るのが好きだったのに、と興ざめした思いがある。

僕は、1999年末で働いていた出版社を辞めた時、ノンフィクションを書き始めた。スポーツは一つ の分野として、仕事が来れば書けばいいと考えていた。
ところが、僕はスポーツに強く引き寄せられた。
Jリーグが成功し、スポーツが産業として成立、その後中田英寿のように国外に出て行く選手が出 てきていた。
スポーツ、特にサッカーは他の分野と比べて変化のダイナミズムが大きかった。そして、僕は「W 杯30年戦争」や「此処ではない何処かへ」など、サッカーについて、何冊かの本を上梓することにな った。
ところが、ここ数年、サッカーの世界は、成長が完全に収束し、逆に硬直化しつつあり、書き手と しての面白みが減っているように思っていた。
そんな中、プロ野球、特にパシフィック・リーグを調べてみると、楽天イーグルスはかつてのプロ 野球界のやり方を完全に否定していた。年間赤字四十億円程度が珍しくなかった中、楽天イーグルス は様々な工夫を凝らし経営努力をしていた。二年目からは赤字に転落したが、それはきちんとした未来ある“赤字”のようだった。
取材を進めていくと、そこで奮闘している人間たちが、若く、何より楽しんで仕事をしており、眩しい程だった。僕は、彼らの姿を描いてみたくなったのだ。
そして、もう一つ−−。
ここ数年、僕はハンドボールという競技を追いかけていた。先日の北京五輪予選のやり直しで注目 されたが、それまでは国際試合の取材に出かけても、報道陣は、僕と専門誌一人ということがあったほど、典型的なマイナー競技だった。
それでも、ハンドボールの選手たちは、バックアップの少ない中で、真摯に競技普及に取り組んで いた。何とか彼らの力になりたいと僕は思うようになった。
もちろん、物書きの僕に出来ることは限られている。
楽天イーグルスなど、パシフィックリーグの球団は、プロ野球で“マイナー”な存在であった。しかし、それが逆転しつつある。
楽天イーグルスの徹底したコスト意識、細部に至るエンターテインメントの工夫、あるいは千葉ロ ッテマリーンズのIT技術活用方法などは、“マイナー”が “メジャー”を凌駕するヒントになる。
“弱者”がいかに“強者”に立ち向かうか−−そのことを僕はこの本に書いたつもりだ。それはハン ドボール界はもちろん、他の分野にも参考になることだと思う。