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  田崎健太Kenta Tazaki......tazaki@liberdade.com
1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部など を経て、1999年末に退社。サッカー、ハンドボール、野球などスポーツを中心にノンフィクションを 手がける。 著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス3 0年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日−スポーツビジネス下克上−』 (学研新書)。最新刊は 、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)。4月末に『辺境遊記』(絵・下 田昌克 英治出版)を上梓。 早稲田大学非常勤講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 客員研究員。日本体育協会発行『SPORTS JUST』編集委員。愛車は、カワサキZ1。
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2007年4月27日


やらなければならないものを目の前にすると、他のことが気になってくるものだ。
原稿に集中できず、ここ数年間の懸案事項となっていた部屋を片付けていた。部屋には本や雑誌、CDが溢れていた。本棚を買い、雑誌は必要な部分を切り取って捨てた。CDはパソコンに取り込んで 、段ボール箱にしまった。
これまでもしばしばCDを取り込んできたのだが、とうとう二十五ギガちかくなった。ある程度選別 してから取り込んだのだが、かなり労力が掛かった。いったい、他の人はどのくらいの分量なのだろう。
もちろん、CDの中には、雑誌で働いていた時に音楽担当であったので、貰ったものもある(さらに レコードもある)。

先日、早稲田大学のスポーツジャーナリズム講座でも話したことだが、基本的に欲しいものは、本で あれ、CDであれ、自分で買うようにしている(送ってもらった場合は別)。出版社で働いていた時に 言われたことだが、その対価を支払って、価値を確かめることが重要である。貰い物で、書評、ある いはCD評を書いている人間はあまり信用できない。懐が痛まないのだから、言葉に重みはない(試 写会で見ているから、たいがいの映画評は致命的につまらない)。
整理しながら、CD、本を見ているとやはり何度も読み返し、あるいは聞いているものは自分で買っ たものだ。
ところが−−。
たまに会う編集者には、「僕にも本を送ってくださいよ」などという者もいる。 世話になっているわけでもなく、書評に協力してくれるわけでもない。どうして送本しなければなら ないのだと思う。
そういう編集者に限って、大手出版社にいて、いい給料を貰っていたりする。
ついでにいうと、だいたい仕事ができない。だから、僕が仕事することもなく、ごく稀にしか会わな いのだが。

さあ、整理も一段落した。原稿に取りかかろう。


2004年3月にパラグアイで福田健二選手を取材した時の写真。
彼は現在スペインリーグ二部でプレー している。
彼のように話していて清々しい気分になる人間と出会えることが、僕の仕事の良いところである。


 

 

 

2007年4月24


原稿の合間に、今年二月に亡くなった哲学者の池田晶子さんの本を読んでいる。
池田さんとは新潮社の担当が同じで(出版社に対する貢献度は全く違うだろうが)、知人の絵描きの岩 清水さやかが『サンデー毎日』で挿絵を描いていたり……。なにより家が近い。絵描きの下田昌克よ りも、イラストレーターの小島武先生の家よりも近い。歩いて数分もかからない。勝手に親近感を持 っていたので、お会いしたことはなかったが亡くなったと聞いた時はショックだった。

<考えてみると人間は、お金を稼ぐという方面に、知恵を発達させてこなかった。発達させてきたの は、いかに稼ぐか、そっちの知恵ばかりである。「何のために」稼ぐのか。誰がそれを考えたか。考 えもせずに、ひたすらに「稼ぐが勝ち」である。しかし、「何に対して」、勝ちなのか。> 『人間自身考えることに終わりなく』 (新潮社)

池田さんは、お金の使い方にこそ、その人の品格が現れると書いている。
確かに、僕が資産何百億円となったとしても、使い道には困る。僕の場合、せいぜい、オートバイ をもう一台買い(カタナかCBのK0。乗り回せるのは最大で二台だろう)、リオとマルセイユに家を 買えればそれで十分だ。
それでは、何百億円は使い切れないと、ふと腕を組んでしまう。人間の想像力など限られていると 、池田さんの言葉から思い知らされる。
では、ブラジルやペルーに貧しい子供たち向けに、寄宿舎つきの学校を建てるか−−。
もちろん、そんな無駄なことを考える前に、目の前にある一枚○円の原稿を書くのが先決ではある 。

今日、ノンフィクション作家のデビット・ハルバースタムが交通事故で亡くなった。先週、親しい 知人が血を吐いて倒れた。ふと生きるということを身近に感じた。


今年のリオのカーニバルにて。
もし、リオに豪邸を建てたとしたら、治安の心配をしなければならない。お金は持ったら持ったで、 大変なのだろう。


 

 

 

2007年4月15日


昼から、興南高校の体育館で行われたFC琉球ハンドボールの練習に参加することになった。
バトミントン、バスケット、サッカー、そして生まれて初めてハンドボールを投げた。一緒に行った 元日本代表主将で大崎電気の東俊介選手に投げ方を教わった。腕、肩というのは普段使わないので、 思ったようにボールが飛ばない……。大苦戦だった。 夕方からは、田場裕也を応援している比嘉さんのお宅で行われたバーベキューに参加させてもらった。
海に近い、木造の家屋は、懐かしく、初めて来たような感じがしなかった。僕と、アズマはくつろい で、ビール、島酒を頂いた。
昨日の試合を見て、わざわざ東京から行った僕たちは納得できなかった。特にアズマは試合中から怒りをぶちまけていた。
ただ、実際に選手たちと向かい合い、まっすぐで上手くなりたいという目をみて印象が変わった。必死さが、逆の方向に出てしまったようだった。そうした選手たち、あるいは、比嘉さん、伊是名さん という田場裕也を支えてくださっている人たちと話ができ、楽しい時間だった。


それにしても、アズマ君、楽しい顔をしすぎだ!


 

 

 

2007年4月14日


今日から沖縄に来ている。今回は、田場裕也が立ち上げたFC琉球ハンドボールの取材。
「二宮清純.com」 (http://www.ninomiyasports.com/) などにレポートを載せるつもりである。


残念ながらFC琉球は、準決勝で那覇西クラブに敗れてしまった。試合後に取材を受ける田場裕也。


 

 

 

2007年4月5日


帰国から一ヶ月が過ぎて、慌ただしい日々も一段落した。
今、家に籠もって単行本の書き下ろしに取りかかっている。国外に出かけたり、楽しそうに過ごして いるように見えるが、こうした時はかなり地味だ。たまの散歩が息抜きになる。


青山の絵画館通りにて


 

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