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  田崎健太Kenta Tazaki......tazaki@liberdade.com
1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部など を経て、1999年末に退社。サッカー、ハンドボール、野球などスポーツを中心にノンフィクションを 手がける。 著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス3 0年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日−スポーツビジネス下克上−』 (学研新書)。最新刊は 、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)。4月末に『辺境遊記』(絵・下 田昌克 英治出版)を上梓。 早稲田大学非常勤講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 客員研究員。日本体育協会発行『SPORTS JUST』編集委員。愛車は、カワサキZ1。
  2008.........2007..>>12.> 11.> 10.> 9.> 8.> 7.> 6.> 5.> 4.> 3.> 2.> 1..........2006

 

 

2007年10月29日


前略 本日、小笠原より内地に戻りました。
当初、土曜日の午後に父島を出て、日曜日の午後に竹芝桟橋到着予定でした。ところが関東地方を台風が直撃したため、出航が遅れることになりました。父島を土曜日の午後十時に出て、竹芝桟橋に到着したのは、月曜日朝七時半。丸一日以上、三十三時間半を船の中で過ごすことになってしまいました。
小笠原滞在は、一度台風が来たものの、それ以外は天候に恵まれました。島の人々は偏狭ではないかと心配していたのですが、非常に気持ち良く受け入れてくれ、いい取材が出来ました。
今回の取材は11月発売の『週刊ポスト』の巻頭グラビアで、「新スタイル紀行」として掲載されます。絵は下田昌克、写真は小学館写真室の太田さんです。
取り急ぎ報告まで



 

 

 

2007年10月27日


一昨日、父島に戻ってきた。母島に比べるとずいぶん都会に感じた。
父島は、風が強いが今日も快晴。
今日のおがさわら丸で内地に向かうことになっている。予定では、昼過ぎの出発だったが、台風が関東を直撃するというので、出発は夜に遅れた。今晩十時に出て、月曜日の朝7時半に竹芝桟橋に到着するという。通常よりも遠回り するため、三十三時間半、船の中にいることになる。
父島と母島に滞在したのは十日間。最後の日だと思うと寂しい気がする。この気持ちは夏休みが終わる時の気持ちに似ている。
充実感とまだやり残したことがあるような気持ちが、日焼けした肌に刻み込まれている。
今回は仕事であったのだが、こんな気持ちになるのは、この島が魅力的だからなのだろう。
月曜日からは内地で、慌ただしい日々が始まる。


父島滞在中、ずっとお世話になった大平ラーンスさん経営の『ヤンキータウン』。
世界中、僕が行った中で最も魅力ある空気が流れているバーの一つだった。


 

 

 

2007年10月24日


母島での取材は順調。
今日は、梅野さんの『なぎさ丸』で蓬莢根へ。
透き通った海!素晴らしすぎる!!



 

 

 

2007年10月22日


昨日の朝方、激しく風が吹く音がしていたが、目が覚めると雨は上がっていた。
台風は、拍子抜けするほどあっさりと、父島を通り過ぎていた。

そして今日は船で母島へ。父島とはまた違った、ゆったりとした空気が流れていた。
ここ数年、どこかに出かける時にはカメラを持ち歩いている。ただ、日本国内では、シャッターを押すことは少ない。資料用に強制的に押すことはあっても、自分が撮りたいという思う瞬間はそれほどない。
写真というのはニュース性が必要であると考えている。日常の何気ない風景を切り取るというのは、あまり好きではない。ある種の純文学と同じように、自分の周辺に拘泥することは、自己満足に陥りやすく、多くの場合他人からは退屈だ。なかなか人が行けない、あるいは見たことのない風景の写真を僕は見たい、そして撮りたい。
日本の風景はますます均一化している。地方に行っても、東京と変わらない風景が広がっている。画一的という意味では、地方都市の方が深刻だ。街から個性が消えている。それは、住んでいる人々も同じかもしれない。
そんな僕が小笠原に来てから、ずいぶんシャッターを押している。
新しいカメラ、EOSのD40を使い始めたこともある。ただ、それだけではない。
この島の風景と人はフォトジェニックなのである。



 

 

 

2007年10月20日


台風が近づいているという。昼過ぎから空は曇り、雨がぽつりぽつりと落ちてきた。
港に行くとヨットはロープで固定されており、海沿いの建物の窓はガムテープで目張りしてあった。
明日、父島を直撃するというが、どんなことになるのやら…。


島の硝子職人、猿渡さんの自宅にて。


 

 

 

2007年10月19日


朝九時、外に出ると太陽の日差しが強い。再び、強引に夏に引き戻されたような気がする。
午後から 天気が崩れるという予報だったが、快晴。海も空も青い。



 

 

 

2007年10月18日


竹芝桟橋を出たのが、昨日の朝十時。僕たちの乗る、おがさわら丸は、“川越西高校”の修学旅行客で占領されていた。
二十六時間かかって、船で小笠原の父島に到着。今日からしばらく、この島に滞在することになる。
今回は、今年二月のリオ・デ・ジャネイロのカーニバル以来の『週刊ポスト』の不定期連載『新スタイル紀行』の取材。絵描きの下田昌克と、写真の太田真三さんと三人で、東京都に所属するこの島を切り取ることになる。
そうそう。今回の出張に合わせて、カメラをキヤノンの40Dに買い換えた。初代キスデジを使い続けていたのだが、6月にアメリカに行った時にエラーメッセージが出て突然使えなくなった。以前にも二度、同じようなトラブルがあり、キヤノンに持ち込んで修理していた。
日本に帰ってから、電源を入れると再び使えるようになったのだが、初代キスデジは四年前から使っている。四年間も入門機を仕事に酷使していたので、さすがに買い換え時だと思った。40Dは−−素晴らしくいい。当たり前だが、初代キスデジとはずいぶん違う。

また−−。 書くのが遅れたが、二宮清純さんの主宰するスポーツコミュニケーションズ『国境なきフットボール』 という新連載を始めた。サッカーと旅について書いていくつもりだ。毎月第二金曜日に更新するので、楽しみにして欲しい。


小笠原は残念ながら、曇り空。
船が父島に近づくと、鳥が上空をぐるぐると飛んでいた。上から海面をめがけて一気に下降すると、魚を捕まえた。
二見港の桟橋近くになると、船を出迎えるように、イルカが二匹水面に飛び上がった。甲板にいた客たちからは、大きな歓声が上がった。


 

 

 

2007年10月11日


来月25日に銀座のタクト ( http://www.ginzatact.co.jp/tact/ ) で行う、僕たち『荒木町ハッピークラブ』のポスターが完成した。 写真家の二石トモキさんがデザインまで手がけた力作。イメージは『Carol』、もしくは長濱治さんの写真。これほどいいポスターが出来たのだから、本番の演奏もきちんとしなければ−−と焦りつつある。
タイトルに「サラバ」と書かれたように、今回で『荒木町ハッピークラブ』は解散する。


ポスターは二種類。
荒木町、新宿界隈の知り合いの店には、縦位置のポスターを貼ることになっている。そちらも格好良く仕上がっている。


 

 

 

2007年10月4日


先週仙台に日帰り出張、そして今日もまた仙台まで日帰りで行ってきた。楽天の関係者に話を聞いているうちに、どうしても本拠地フルキャストスタジアムで試合を見てみたいと思ったのだ。

今、スポーツビジネスについて短期集中連載をするため、取材をしている。
Jリーグを発端に、スポーツは日本で本格的に産業への道を進んでいる。未だ、手探りな部分もあるが、だからこそ、そこに携わっている人間の話からは、先駆者としての喜びが感じられる。
人は、生きている時間の大部分を仕事に費やす。仕事は仕事、遊びは遊びと分けるのもいいが、仕事を楽しめればもっと人生は楽しい。お金を稼ぐだけの仕事では楽しみもそれほど得られないだろうし、人から尊敬されないが、スポーツの仕事はそうではない。この業界で生き甲斐を見つけ、仕事をしている人は魅力的で、輝いて見える。スポーツがビジネスとして成立しつつあるということだけでなく、その辺りを上手く伝えられればいいと思っている。連載開始時期については追って、ここに書くつもりである。

話は変わるが、電動車椅子ワールドカップのサイトにコメントを出している。
http://web-jpfa.jp/wc/column/item_39.html

僕も大会を見に行くつもりでいる。観客が多い方が盛り上がると思うので、時間のある方は是非足を運んで欲しい。


今日は、楽天ゴーデンイーグルズのフルスタでの今季最後の試合だった。


 

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