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  田崎健太Kenta Tazaki......tazaki@liberdade.com
1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部など を経て、1999年末に退社。サッカー、ハンドボール、野球などスポーツを中心にノンフィクションを 手がける。 著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス3 0年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日−スポーツビジネス下克上−』 (学研新書)。最新刊は 、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)。4月末に『辺境遊記』(絵・下 田昌克 英治出版)を上梓。 早稲田大学非常勤講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 客員研究員。日本体育協会発行『SPORTS JUST』編集委員。愛車は、カワサキZ1。
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2007年6月18日


成田に無事に到着。
今回の出張はそもそもは二週間程度の短いものになるはずだった。ところが予定が何度も変更となり、結果的には一ヶ月以上という長いものになった。
何カ所を回ろうと、出張はなるべく三週間以内に抑えるようにしてきた。
それ以上になると、緊張感が薄れ、異文化から受ける刺激の許容量が減るように思うのだ。また、日本の生活リズムとのずれも大きくなってくる。そのぎりぎりが経験から、三週間だと考えているのだ。
今回はそれを大幅に越えてしまった。なるべく早く、社会復帰せねば。

飛行機を降りて、湿度を含んだ空気に触れて、疲れが増した。日本のこの時期の暑さ、本当に特別だ。


リオの暑くも、心が晴れる風景が懐かしい。


 

 

 

2007年6月17日


今回の出張目的の一つは、女子アメリカンフットボールの鈴木弘子さんを取材するためだった。彼女 は現在、アメリカでプレーしている、唯一のプロフットボーラーだ。かつて『VS.』で長い記事を 書いたことがある。
弘子さんと、八丁堀で牛タン屋を切り盛りする彼女のお母さんの物語を、来月発売の『女性自身』( 光文社)の『シリーズ人間』で書くことになっている。
昨日、今シーズン最後の練習があった。練習の後、ヘッドコーチのトロイ・コリンズの自宅でパーテ ィが行われた。コーチ兼任でもある弘子さんは、手製のカレーを振る舞い、太めのアメリカ人選手た ちは、食べまくっていた。
彼女たちの中に入ると、僕は、体格では軽量級に入る。僕もサッカーをしているので太ももは細い方 ではないが、彼女たちには負ける。
トロイは、LAPDの現役警官で、車庫には二台のハーレーダビッドソンがあった。全米相撲チャン ピオンでもある。
アメリカ人にとってアメリカンフットボールは特別なものであり、フットボールチームのコーチを務 めることに彼は名誉を感じている。愛犬が彼の家の扉を齧ったため怒っていたが、パーティが始まる と、ご機嫌になった。


左がトロイ。


 

 

 

2007年6月14日


まったく、だからこの国は嫌いなのだ。
サンパウロからワシントン。ワシントンからロス行きの飛行機の乗り換え時間は一時間半ほど。その間に、入国して、預けた荷物を一度出して税関を通し、もう一度預けなければならない。
ところが、入国審査で止められた。
黄色い蛍光ペンを係官が持った段階でまずいと思った。係官は、僕の入国審査の紙に文字を書くと、別室に行くように指示した。
中では、ベビーカーに子供を乗せた女性が待っていた。それがまったく終わらない。一人の黒人が何かをやっているのだが、もう一人の白人はうろうろしている。白人のところに行き、「時間がないから早くしてくれ」と言うと「待ってくれ」の一点張り。
結局、僕は乗るべき便を逃した。
偉大なるアメリカ合衆国の機械は、僕の指紋を認識しないらしい。間抜け面をした白人の係官は「君は指紋がない」と言った。そんなわけがない。
ならばアメリカでは僕は犯罪を犯して指紋を残しても、僕は捕まらないのか。素晴らしい国である。
ユナイテッドのカウンターに行くと、サウスアメリカ航空の飛行機が大幅に遅れたらしく、多くの客が接続便を逃していた。カウンターには列が出来ており、全く進まない。
「JFK行き、残り一席」
「ヒューストン、三席」
などと、中年の女性係官が列を回って教えた。
なんとかロス行きの席を確保し、飛行機に乗った。ロスに到着した時には、リオの空港を出てから二十四時間が経っていた。日本に十分帰れる時間である。



 

 

 

2007年6月13日


リオの街は、拡大している。セントロやコパカバーナなどの海岸沿いが有名だが、最近は裕福な人間はバハ・ダ・チジューカやヘクレイオに住み、事務所を構えて仕事をしている。
十数年前、初めてバハに来た時は、ショッピングセンターが一つあるだけで、何もない野原だった。それが今では、高層マンションが立ち並んでいる。
ヘクレイオの方は、開発されているものの素朴さが残っていてほっとする。この海沿いのホテルに三泊滞在していた。今日、夕方の飛行機で、サンパウロ、ワシントンを経由してロスに向かう。



 

 

 

2007年6月8日


10年以上前から何度もリオに来ているが、イパネマなど海岸沿いに泊まることが多く、セントロに宿をとるのは、初めてだ。
この街で行われるパン・アメリカン大会を控えて、セントロの商店街には旗などの飾り付けがあった 。
サンパウロと違い、湿度をたっぷり含んだ暑さ。やっぱり、リオだ。
セントロを歩いていると、古くて雰囲気のあるレストランが目に入った。
経験からこれは、いいレストランだと直感で判断した。
少し早い昼食にすることにして、店のガラスに張ってあった紙を見た。「Massa」(マッサ)の「 Rodizio」(ホディージィオ)と書かれてあった。
一瞬、何のことかと分からず、読み返した。
massaとは一般的に練り物、レストランではパスタのこと。rodizioはシュハスコのレストランでよく使うがローテーションの意味だ(日本ではシュハスコは満腹になるまで様々な種類の肉が回ってくる店と思われているが、シュハスコという言葉は本来バーベキューという意味で、屋台で串に刺した肉もシュハスコになる)。様々な種類のパスタが回ってくるのか−−。とにかく入ってみることにした 。
木の机に白いテーブルクロス、雰囲気は悪くない。
最初はスパゲティ・ボロネーズ。
massaはイタリアのパスタとは別物だ。これでもかというぐらい、麺の腰がなくなるまで茹でる。た だ、麺の腰を除けば、ブラジルのイタリア料理は悪くない。南イタリアから移民がレストランを開いており、気取ってはいない、素朴で家庭的な味が多い。
この店もそうだった。ボロネーズの味つけはいい。アルデンテという言葉がなく、ソフト麺のような スパゲティで少年時代を過ごした、僕たちの年代には、懐かしい味だ。
それから出てくること、出てくること−−。 ニョッキ、ペンネ、ラビオリ、フェットチーネ、クリーム系が多い。食べ続けるうちに、気分が悪く なった。
結論。
シュハスコのrodizioはいいが、パスタには向かない気がする。しかし、この店は繁盛しており、昼時になると通りに長い行列が出来ていた。
ブラジル人の胃袋、恐るべし。



 

 

 

2007年6月7日


ここ数日、サンパウロの天気が回復した。夜明け前に耐えられないほど冷え込むこともあった、日中は暑いほどだ。
今日、サンパウロを後にしてリオに向かうことにした。
友人からは、「今度の日曜日に大規模なゲイ・カーニバルがあるから、それを見てから行けばいい」 と言われた。ものすごい数のゲイが、アベニーダ・パウリスタを行進するらしい。見てみたい気もするが、時間的に難しいので諦めることにした。
昼過ぎに空港に行くと、リオの空港に霧が出て封鎖されているとのこと…。夕方の便しかなく、TAMは満席。初めてGOLに乗ることになってしまった(GOLは急成長している航空会社だが、イン ターナショナルのクレジットカードが使えず、現金で払わなくてはにならなかった)。リオに着いた のは深夜になっていた。


サンパウロの商業の中心、アベニーダ・パウリスタにて。


 

 

 

2007年6月3日


まだサンパウロにいる。本当はもう帰国予定の時期になっているというのに… …。
打合せ以外に、遅れていた原稿を書き進める毎日だ。
リベルダージに半年間住んでいたのを含めて、僕はこれまでの人生のうち一年半以上をブラジルで過ごしている。そのほとんどはサンパウロだ。
海がないこと、この時期寒いことをのぞけば(もう一つ!最近の円安はなんとかして欲しい。ブラジルの物価は円生活者には高くなってしまった)、僕にとっては過ごしやすい。言葉も通じ、大都市であるので、たいがいの物が手に入る。
街を歩くのにも、地下鉄がある。サンパウロもリオと同じように良く渋滞するが、地下鉄を使えば効率よく移動することもできる。
今日は原稿を書くのに疲れたので、地下鉄を使って、サンパウロを散歩。


セ駅にて。
巨大なポスターの女性は、僕の好みだ。もちろん、このレベルはブラジルでもそういないが。


 

 

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